オンリーロンリーグローリー

ガシャン、ガシャンと無機質な鎧の音が響く。
目的地は無い。帰る場所も無い。永遠に彷徨い続けるだけの日々だ。
家族も友達もいない。俺のことを待っている奴など皆無だ。ただ、思い出なら一つだけ持っている。そう、一つだけ。

「よし、じゃあそれぞれに鎧を与える。これでお前たちは正式に我が軍の兵士として任命されたということだ」
 大きな槍を持った悪魔がそういうと、ゴーストたちは歓声を上げた。厳しい訓練に耐えてきたのも、今日のこの日のためだ。もう二度と経験したくないような過酷な日々も、今となってはいい思い出だ。
 鈍色の鎧を身に纏った。見た目とは裏腹に、重さはまったく感じない。それもそのはずだ。なぜなら俺たちには実体が無いからだ。しかし、鎧を纏った自分の姿は確かにここに存在している。これほど嬉しいことは無い。
「全員鎧を着たな。じゃあ次はお前らの相棒を連れて行け」
 気が付くと、そこには無数のモンスターが蠢いていた。透き通るようなブルーの体に、無数の触手がざわついている。
「見たことのある奴もいるかもしれないが、一応説明しておく。こいつらはホイミスライムというモンスターだ。魔法の使えないお前らにとってはかなり役に立つ存在になるだろう。といってもホイミしか使えないがな。まあそれでもいないよりはマシだろ。全員一匹ずつ連れて行くように」
 そういえば聞いたことがある。だが、俺は訓練を重ねてかなり強くなった自信がある。逆にそんなものがいたら足手まといになるかもしれない。
「おい、ジョーはホイミスライムを連れて行かないのか?」
 同じ鎧を着た兵士が不思議そうな顔をしている。そいつの脇には既にブルーのホイミスライムが控えていた。
「俺には必要ないな」
 そう言って、回れ右をした。しかし、足早にその場を立ち去ろうとすると目の前にはあの悪魔が立っていた。
「何だ貴様。思い上がりも甚だしいな。つべこべ言わずに連れて行け。といってももうこんなひ弱な奴しか残っていないがな」
 悪魔は俺の元にホイミスライムを投げてきた。なるほど。奴の言うとおり、そいつは体も小さく、触手も短かった。そして常に小刻みに震えていた。
 小さく舌打ちし、ホイミスライムに一瞥をくれると俺は歩き出した。しばらく歩いて後ろを振り向くと、そいつは少し離れた位置で俺を見つめていた。
「足手まといにだけはなるなよ」
 それだけ吐き捨て、再び歩き出した。

「なんだと!?ふざけるなよ!」
 ホイミスライムはその声で小さな体をさらに小さくした。
ホイミが使えないとはどういうことだ!ホイミスライムホイミを使えないなんて笑い話にもならねえぞ!」
 もともと期待していなかったとはいえ、これはいくらなんでも酷すぎる。足手まとい以外の何者でもない。
「まあいい。もともといなかったと考えればいいだけのことだ。それにしてもふざけてやがるぜ。こんな役立たずをよこすとはな」
 キッとそいつを睨み付け、大きな溜息を吐いた。他の奴が羨ましいなどとは思わないが、自分にこんな役立たずを押し付けられたと思うと無性に腹が立った。
「そんなことよりも修行だ。早くこの体に慣れなくちゃな」
 切り株から立ち上がり、剣を振り上げて素振りをした。早くこの感覚に慣れ、素早く、そして性格に動けるようにならなくてはならない。無駄な時間など一切無いのだ。いつ敵が襲ってくるかなど、誰にも知る由は無い。
 ふと脇に目をやると、あいつが一人で何かを呟いている。言葉を発したかと思うと、近くに生えていた小さな枯れ草が青々とした葉を揺らし始めた。なるほど、あれがホイミという奴か。だが、どう考えても怪我を治すというレベルではない。やはり期待しない方が良さそうだ。

「おいおい。ちょっと小耳に挟んだんだけどよ」
 川縁を歩いていると、他の兵士に話しかけられた。
「あそこの修道院にはなんか偉そうな爺さんがいるらしくてよ。そいつがなんと大賢者の一人だって言うじゃねえか。で、他の奴とも話したんだけど、みんなでそいつをやっちまえば俺たちも認められるんじゃねえかって」
 大賢者の話なら訓練の時何度も聞かされた。大魔王を封印した奴らのことだ。確かにそいつを倒せば俺の株も上がるが、大魔王を封じ込めるほどの奴だ。弱いはずが無い。
「しかし、俺たちだけで倒せるような奴なのか?」
「その点なら心配ない。なんでもこの山にそいつが住んでるとこに繋がっている抜け道があるんだ。だから夜に忍び込んで寝込みを襲っちまえばこっちのもんだろ」
「ううむ……しかしそううまくいくものだろうか…」
「なんだジョー、お前ビビってんのか?嫌なら別にいいぜ。俺たちだけでやるからよ。数日後には俺たちの方が数段上の位になるだろうから今から敬語の練習でもしておけよ」
「なんだと!?別に臆してなどいない。よし、俺も参加するぞ」
「そうこなくっちゃなあ。決行は今夜だぜ。逃げるんじゃねえぞ」
 その兵士は下品な笑い声を上げながら去っていった。

「ジョーさん、本当に行くんですか?やめた方が…」
 ホイミスライムは消え入りそうな声でそう言った。
「うるさい。だが、別にお前は来なくてもいいぞ。足手まといになるだけだからな」
 それだけ言うと、再び剣を振った。完璧とは言えないが、この体にもだいぶ慣れてきたところだ。自分の実力を試すにはちょうどいい機会かもしれない。少なくとも他の兵士たちには負けていない自信がある。
「よし、そろそろだな」
 空には既に星が現れている。心の不安とは裏腹に、眩いばかりの月が輝いていた。

「逃げずに来たか。褒めてやるぜ」
 相変わらず下品な男だ。もし同じ兵士でなかったら、こいつを真っ先に叩き切っていたかもしれない。
「当然だ。無駄口はやめてさっさと決行するぞ」
「まあそうあせるなよ。で、準備は完璧なのか?…っと、どうやらいいみたいだな」
 兵士が指差した俺の背後には、見覚えのある小さな青い顔が震えていた。
「ついて来るなと言っただろうが。この役立たずが」
 一喝してみたものの、そいつはその場所から動くそぶりも見せなかった。
「おいおい、いきなり仲間割れか?そんなんで大丈夫かよ、ジョー」
 他の兵士が冷やかし始めた。
「うるさい。とっとと行くぞ」
 そいつらを無視し、俺は早足で歩き出した。

「ここだな」
 二階建ての建物は、思ったよりも大きかった。大賢者が住んでいるのだからそれももっともな話だが。
「音を立てるなよ。慎重に歩け」
 無言のまま首を縦に振った。ゆっくりと入り口のドアを開け、忍び足で階段を上がる。話によると大賢者は2階で寝ているらしい。
「この部屋だ」
 ドアの前に立ち、呼吸を沈める。大賢者というぐらいだ。俺たちの気配に気付いて身構えているかもしれない。だがどちらにしろ、このドアを開けないことには何も始まらない。俺は震える手で、目の前の重いドアを押し開けた。
 目の前に広がる景色は思ったよりも普通だった。たくさんの本棚、そして真ん中にはベッド。毛布が盛り上がっていることで、そこに人が寝ていることを表している。
 皆顔を見つめあい、ゆっくりと頷いた。剣を両手で持ち、身構える。
「行くぞ!」
 口の動きだけでそう伝えると、皆一斉に剣をベッドに突き刺した。腕に確かな手ごたえを感じた。そして、震える手でゆっくり毛布をめくった。しかしそこにあったのは、予想していた大賢者などではなく、単なる木の幹だった。
 
 その瞬間、背後から炎が飛んできた。驚いて後ろを振り向くと、人影が目に入った。手には杖を持ち、長い髭をたくわえたその人物は、恐らく俺たちが狙っている人物に違いなかった。

「まったく。夜ぐらい静かに眠らせて欲しいもんじゃの」
 大賢者は掌で口を覆うような仕草をしておどけて見せた。俺たちとは対照的に、その姿からは余裕が滲み出ている。きっと俺たちが来ることも事前に察知していたのだろう。どうやら俺たちは大賢者を甘く見すぎていたようだ。
「何事ですか院長!!」
 大声とともに、大勢の男たちが階段を駆け上がってきた。俺たちだけでは到底相手にできそうも無いほどの人数だ。
「やばい!逃げるぞ!」
 誰かがそういうと、全員散り散りに逃げ出した。
「逃がすか!」
 僧衣を着た男が叫びながら杖を掲げた。すると杖の先から稲妻が飛んできた。
「ぐわあ!」
 この作戦を発案した兵士が床に崩れ落ちた。なんてことだ。大賢者どころか、他の普通の奴らにも勝つのは難しそうじゃないか。
 そいつの相棒のホイミスライムホイミを唱えた。倒れた兵士はなんとか起き上がり、窓を割って外に飛び出した。
「おい!さまようよろいよりも先にホイミスライムをやれ!回復されると厄介だ!」
 その言葉を聞き、俺は辺りを見渡した。あいつは一体どこにいる?
「そこにも一匹いるぞ!」
 杖を持った男が指差した先には、確かにあいつがいた。
「喰らえ!」
 声がしたと同時に、俺は走り出していた。出口ではなく、あいつの元へ。

「やったか!?」
「いや、まだだ!さまようよろいに当たっちまった!」
「早く止めをさせ!回復されると厄介だ!」
 言葉は聞こえるが、どこか遠いところでしゃべっているような感覚がある。俺は一体どうなったのだろう。死んだのだろうか。
 腕を動かしてみる。わずかに動いた。そして、指先が何かに触れた。あいつだった。
「ご、ごめんなさい……」
 震える体を手で包み込んだ。「この役立たずが」という台詞を吐こうとして、それを飲み込んだ。俺とこいつにどれほどの違いがあるだろう。自分の力を過信し、ちっぽけな自尊心のために無謀な計画に加担した自分が、こいつのことを役立たずなどと言えるだろうか。きっとこれは天罰だ。向こう見ずで馬鹿な男は死ぬことでそれに気付くのだ。
 ふとホイミスライムを見ると、目を閉じて何かを呟いている。
「……早く逃げろ……」 
 やっとの思いで、それだけ発することができた。しかし、相変わらずそいつは何かを呟いている。

「……ホイミ!」
 鉛のように重かった体が、嘘のように軽くなった。ピクリとも動かなかった足は、なんなく俺の体を押し上げた。
「嘘だろ…?」
 夢のような話だ。こんな土壇場で、こいつはホイミを使えるようになったようだ。ショック療法という奴かもしれない。しかし喜んでいる暇はない。さっさとこの場から脱出することが先決だ。
「おい!行く……」
 そういった瞬間、大きな火の玉が俺の脇を掠めた。そしてそれは寸分違わず、ホイミスライムの体を直撃した。



 そこから先のことは良く覚えていない。気が付くと、俺は血だらけの鎧を纏い、丘の上に立っていた。腕には、黒焦げになったホイミスライムを抱いていた。人間という生き物は、こんな時涙を流して悲しむことができるらしい。しかし俺にはそんなことすらできない。いっそのことあそこで死んでいればよかった。だとしたらこんな惨めな気分を味わずにすんだことだろう。
 黒焦げになったホイミスライムをもう一度見た。そいつの顔は、かすかに微笑んでいた。初めてホイミが使えた嬉しさからだろうか。いや、初めて役に立った嬉しさからだろう。
 その顔を見て、死んでいればよかったなんて思った自分を恥じた。死を願うなんて、それこそ逃げ以外の何者でもない。こいつでさえ、あの場面で逃げもせずに俺にホイミをかけてくれたのだ。いうなれば、この命はこいつからもらった命だ。だったら、しぶとく生き残ってやる。例え生き恥を晒すことになろうが構わない。




「おいジョー、新しい相棒はもらわねえのか?」
 一人の兵士が声を掛けた。俺はちょっとだけ微笑み、答えた。
「相棒ならいるぜ。お前には見えないかもしれないけどな」
 
 結局、新しいホイミスライムをもらうのは断った。その分俺が強くなれば言いだけの話だし,何よりも俺の相棒はあいつだけだ。

他の兵士は俺の事を密かにこう呼んでいるらしい。相棒のいない「ロンリージョー*1」と。だが、俺は寂しくもなんともない。あいつは俺の心のなかにずっと生きているのだから。

*1:ドラクエ8に出てくるスカウトモンスター。マイエラ修道院の近くにいます。